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おなかの赤ちゃんが可愛いと思えない
登場人物は「おなかの赤ちゃんを可愛いと思えない」という妊婦A 子さんと、その悩みに答える精神科医の北村俊則先生です。じつは、A 子さんの悩みは決して特別なものではないのです。先生の問いかけに答えるうちに、A 子さんは過去の出来事からあることに気が付きます。気持ちがふっと軽くなり「大丈夫かもしれない」と思えるまでの、微妙な心の変化を一緒に見ていきましょう。
A子さん(以下A): こんな私は母親失格なのではと思ってしまうんです…。
北村俊則先生(以下北村):実感が湧いてこないご自分を、失格と…焦りも感じられるのでしょう?
A:はい、あんなに努力して不妊治療をしたのに、いざ妊娠が分かって、ピンとこないことってあるんでしょうか?
北村:不妊治療はどのくらい続けられたのですか?
A:30歳で結婚して、1年たってからです。4年近く治療しました。
北村:ご結婚なさって1年目からの治療は早くないですか?
A:広告の会社に勤務して、本当は頑張って仕事一本でいくつもりでした。
北村:でも、素敵な男性と巡り合って、ですね。
A:そうでもないんです。
北村:そうでもない、と言うのは?
A:入社した時に彼は3年先輩でした。
北村:素敵な方だったのでしょう?
A:全然! ぼーっとして、気も利かない、パッと目立つところもない男性でした。
北村:それではお付き合いのきっかけはどのようなことですか?
A:入社3年目に大きなプロジェクトがあり、私が呼ばれました。彼は、副責任者でした。
北村:それで?
A:お客様の会社との間で行き違いがあり、私の会社の信用問題に関わるような事件がありました。そうしたら、彼が根気よくお客様
サイドの担当者に、まずお詫び、それからこちらの事情の説明、そして善意のある対応策…最初は「契約破棄!」と怒鳴っていた相手も、次第にこちらを信用してくれるように…。
北村:そして個人的お付き合いは、どちらからでしたか?
A:女性の友達と室内楽の演奏会に行く予定だったのですが、彼女が風邪を引いて、チケットが1枚余ってしまったので、私から彼を誘ってみました。
北村:あなたから誘われたのですね?
A:びっくりしたのは彼の音楽の知識です。ブラームスの弦楽四重奏の演奏会でした。コンサートの後にお茶を飲んで…そこで彼がメ
ンデルスゾーンやシューマンについても、よく知っていることに驚きました。そこでずいぶんとイメージが変わりました。
北村:デートの頻度はどのくらいだったのですか?
A:でも最初は月に1回会うくらいで…。
北村:恋愛感情はいつごろからですか?
A:だんだんと…パッと目立つところもないけれど、本当に信頼できる男性だと思うようになってきて…いつから恋愛感情が出てきた
のかも分からないのが本当です。
北村:ご結婚なさって1年目からの治療は早いのではと思いましたが、きっかけは何かございましたか?
A:ある日、駅ビルの書店で彼が雑誌の立ち読みをしているところを偶然、目撃したのです。
北村:どのような雑誌でしたか?
A:妊婦向けの雑誌があるじゃないですか。
北村:当然、女性が読む雑誌ですよね。
A:それを彼が読んでいたのです。
北村:彼に話しかけましたか?
A:いいえ、そうしたら悪いように感じました。
北村:どうしてですか?
A:彼の横顔から彼の眼差しがうかがえました。それが、いつもないような優しい眼差しだったのです。
北村:そうだったんですね! よく分かりました。
A:彼のために赤ちゃんが欲しい、家族が欲しい、と急に感じたのです。
北村:ご自身のためというより、愛するご 主人様のためにですね。
A:まあ…。
北村:妊娠が分かって彼に伝えた時の彼の反応はいかがでしたか?
A:「良かった」とたった一言で…
北村:案の定ですね。
A:(笑いながら)案の定だったのです。
北村:でも彼の表情はいかがでしたか?
A:なんというか…
北村:喜びの爆発ではないけれど…
A:これまでにない穏やかな表情でした。
北村: ところで、おなかの中の赤ちゃんとは?
A:彼との赤ちゃんですから…
北村:あなたと彼の赤ちゃんですから…
A:良さが分かるのに少し時間がかかるのでしょうね。
北村:最初はパッと目立つところもなくても、だんだんと良さが分かってくると思いますよ。
A:そうですね…今日、お話しして何か気持ちが明るくなってきました。
北村: 良かったです。無事のご出産をお祈りします。
A:ありがとうございます。