支援制度の拡充が経済的な負担を軽減 -不妊治療の大きな助けに-


不妊治療と仕事との両立支援をする企業も増加中

国と都道府県や指定都市、中核市が不妊に悩む夫婦を支援する「特定治療支援事業」が、2021年1月から拡充されました。国は、不妊治療の保険適用化も検討中です。日本では、2018年に誕生した子の16人に1人は体外受精によって出生しており、夫婦の5.5組に1組が不妊の検査や治療の経験者との報告もあります。「不妊」とはどのような状態を指し、その治療はどのように進むのでしょうか。不妊に対する検査と最新治療、気になる費用について、徳島大学大学院歯薬学研究部産科婦人科学分野 教授の岩佐武先生に聞きました。


不妊の原因は一方もしくは両方にある場合も

不妊とは、生殖年齢の健康な男女が避妊することなく継続的に性交しているにもかかわらず、一定期間妊娠が成立しない状態です。日本産科婦人科学会は、この一定期間を「1年が一般的」としています。

「女性に排卵がない、男性の勃起障害など、明らかな不妊原因がある場合には、不妊期間の長短にかかわらず不妊症と診断されます。加齢とともに妊娠しにくくなるので、特に女性が35歳以上なら1年も様子を見ず、早めにご夫婦で生殖医療を行っている医療機関に行って検査を受けることをお勧めします」と岩佐先生は指摘します。不妊の原因には、男性側、女性側、両方に原因がある場合、そして、明らかな原因がない機能性不妊があります。男性不妊の主な原因は、精子の運動率や数が少ない造精機能障害です。性交渉ができない、勃起、射精がうまくいかないなど性機能障害が原因の場合もあります。

「女性側の原因には、卵子を運ぶ卵管が狭くなったり詰まったり、周囲の組織と癒着していたりといった卵管因子、ホルモンバランスの不調などから排卵が出来ない排卵因子、子宮内環境の不具合で受精卵の着床がうまくいかない子宮因子があります」と岩佐先生。

原因を見極めるために男性が受ける検査は、精液の量や精子の濃度、運動率などを調べる精液検査です。女性側の検査には、内診・経膣超音波検査、子宮卵管造影検査、女性ホルモンや甲状腺ホルモンの状態と卵巣予備能(AMH)などをみる血液検査、性交後試験などがあります。

検査の結果、不妊の原因が見つかった場合には、その原因に応じて薬や手術による治療を行います。男性側では精巣の静脈の血液が逆流する精索静脈瘤、女性側では卵管通過障害などの場合に手術を行うことがあります。排卵障害に対する第1選択は、内服薬や注射で排卵を起こす排卵誘発法です。

負担の軽い治療から始めるのが原則

不妊症の主な治療には、タイミング法、人工授精、体外受精と顕微授精といった生殖補助医療があります。タイミング法は検査で排卵日を推定し、最も妊娠しやすい時期に性交する方法です。人工授精では、マスターベーションで採取した精液から良好な精子を取り出し、妊娠しやすい時期に子宮内に注入します。

体外受精は、卵子を体外に取り出し受精させ、数日培養した受精卵(胚)を子宮内に移植する方法です。近年、排卵誘発法で複数の卵子を採取して受精させた後、胚凍結し、着床に適した内膜が得られた時期に融解し胚移植することが多くなっています。

顕微授精は、男性側に重度の造精機能障害があるときに、子宮内から卵子を取り出し、顕微鏡で見ながら精子を注入する体外受精の一種です。無精子症の場合には、精巣内精子回収法(TESE)によって精巣内から直接精子を採取します。

「現時点では、体外受精などの生殖補助医療が最も妊娠成功率が高い方法ですが、身体的・経済的負担が大きく、原則的には負担が少ない治療法から始めます。生殖補助医療を用いるのは、タイミング法、排卵誘発法、人工授精をしても妊娠しなかった場合やこの方法でなければ妊娠できない不妊原因がある時です」(岩佐先生)

一般的な不妊の検査や原因となっている病気の治療は保険診療で受けられます。保険診療の対象外である人工授精と排卵誘発法の自己負担額は、それぞれ1万~3万円程度です。

自治体の助成制度や相談窓口の職場の支援制度も活用を

体外受精・顕微授精には1回40万~50万円程度かかりますが、国と自治体の特定治療支援事業を利用すれば経済的な負担が軽減されます。今年1月からは同事業の所得制限が撤廃され、1回30万円の補助が最大6回まで受けられるようになりました。ただ、体外受精の場合には女性が月に7~10回程度、生殖医療機関に通う必要があり、働く女性にとっては仕事との両立が課題です。

「不妊治療のための休暇制度や時短勤務、テレワークを導入したりする企業も増えています。一方、生殖補助医療を利用しても女性は40歳前後から急激に出産成功率が低下します。職場の上司などに相談して不妊治療と仕事を両立させ、治療のタイミングを逸しないようにしてほしい」と岩佐先生。職場との調整用に、通院頻度や職場でどのような配慮が必要かを医師に書いてもらう「不妊治療連絡カード」を活用してもよいでしょう。

不妊に悩む人の相談先には、生殖医療機関の心理カウンセリングなどのほか、自治体の「不妊専門相談センター」があります。ストレスは生殖医療の成績には影響しないとの研究報告もありますが、つらい気持ちは一人で抱え込まないことも大切です。