産み育てることの「安心」を若い世代に手渡すために


もらえるお金や支援制度のさらなる充実を

昨年、日本で生まれた赤ちゃんは、86万5234人(概数)。前年の91万8400人から、5万人あまりも減少しました。近年、少子化が仮想している理由の一つと言われているのが、妊娠・出産・育児にかかる費用の負担の重さです。そもそも、病気ではない妊娠・出産には健康保険が適用されないため、必要な費用は自己負担が原則。そこで国や地方自治体などでは、さまざまな手当や援助の制度を設け、若いママ・パパをサポートしています。子供を産み育てることを応援する制度には、どのようなものがあるのか。もっと安心して出産・育児に臨める制度にしていくためには何が必要なのか。愛育レディースクリニック理事長で千賀健産科婦人科医学会医会長を務める水谷敏郎先生にうかがいました。

妊娠・出産・育児の支援制度をもっと手厚く使いやすく

公的支援制度を利用するためには、自ら手続きをする「申請」が必要です。産院で「妊娠ですよ」と告げられたら、最初に行うのが役所や保健所への「妊娠届」の提出。妊娠届が受理されると、妊婦健診14回分(またはそれ以上)の費用助成(無料受診票の配布等)が受けられます。

「妊娠初期から出産までの健診の回数は、平均すると14回ほど。費用は1回あたり約3000円~5000円で、検査項目が多いときは1万円を超えることも。まだ収入の少ない若いカップルにとっては、決して小さくない負担ですから、ほとんど無料で健診が受けられるこの助成制度には大きな意義があります」

現在、全国の自治体が実施している妊婦検診費の助成制度。水谷先生は高く評価する一方、課題もあるといいます。

「例えば、里帰り出産する妊婦さんの場合、住まいのある自治体で交付された受診票を、実家のある他県でそのまま使うことは出来ません。未使用分を移動先の制度に振り替える手続きが必要なのです。このような自治体間の垣根を取り払い、全国どこでもスムーズに利用できる制度にしてほしいと思います」

妊婦健診に加え、妊娠中の歯科検診や、産後2週間健診は、お産や育児の疲れがピークに達する時期に、産後うつの徴候や体調不良をいち早く見つけて相談・支援につなげようと始まった制度です。

「近年、お母さんの育児不安が強まっているのは、お産の入院期間の短縮化が一因ではないかと思っています。本来、お産の入院は自然分娩でも1週間程度は必要です。その間に赤ちゃんの抱き方やおっぱいのあげ方などをしっかり学び、育児に自信がついてから退院してほしいからです」と水谷先生は話します。現在、「出産育児一時金」制度によって、子供1人につき42万円(産科医療補償制度の掛け金を含む)の分娩・入院費用が支給されますが、実際にかかる費用は全国平均で約50万円。多くの場合、差額の自己負担が必要になります。若い両親の負担を軽くするため、産院としては、入院期間を短くせざるを得ないといいます。

「妊娠・出産の支援メニューは一通りそろっているように見えますが、まだまだ不十分です。もっと手厚く、使いやすい制度にしていかなければなりません」と、水谷先生は強調します。

産科医療補償制度は医療事故の削減にも貢献

日本の新生児死亡率・乳児死亡率はとても低く、世界で最も安全に子供が産める国となっています。とはいえ、100%安全なお産はなく、なんらかのトラブルで赤ちゃんが脳性まひを発症する確率は、ゼロではなりません。分娩に関連して脳性まひを発症した赤ちゃんとその家族に経済的な支援を行うとともに、発症原因を探り、再発防止を行う目的で2009年1月、「産科医療補償制度」がスタートしました。

「この制度が施行されて以降、脳性まひの発症件数は年々減少しています。一つ一つの事例について専門の委員会が発症経緯を詳細に分析し、その結果を現場の医師たちにフィードバックしているからです。また、分娩監視装置など医療機器の精度が向上したことも貢献しています。24時間、お母さんとおなかの赤ちゃんの健康状態をモニターし、何か異常があればすぐに医療的な処置を行える環境が整ったことが、発症予防につながっているのです」と、水谷先生は解説します。

地域格差の解消と仕事との両立支援が今後の課題

「若いカップルが、安心して子供を産み育てられる社会にしていかなければ、日本の少子化は止まらないでしょう。費用負担の地域格差も大きな問題です。出産育児一時金の金額は全国一律ですが、実際にかかる費用には大きな地域差があり、最も少ない地域と高額な地域では、20万円以上も差があるのです」と、水谷先生は指摘します。

子育て支援のさらなる充実も、求められています。現在、多くの自治体で乳幼児の医療費助成が行われていますが、子供が何歳になるまで支援が受けられるかは、自治体によってまちまちです。「小学校卒業まで」「中学校卒業まで」など、大きな開きがあるのです。

「核家族化が進み、地域のつながりも薄れつつある今の時代、乳幼児を育てるお母さん・お父さんは相談相手を見つけにくく、孤立しがちです。市区町村の担当者は、赤ちゃんの祖父母になったような気持で、若い両親を支えてほしいと思います。また、共働きで子供を育てる両親へのサポートも重要です。保育園・学童保育や病児保育の拡充も必要でしょう。子供を何人産んでも働き続けられる環境を、どう作っていくか。国、自治体、企業が一緒に考えていくことが大切です」